「この申請は、結局あの人に聞かないと進められない」という状態が、いつの間にか事務所のあちこちにできていた、というご相談を、会計事務所や税理士事務所、社会保険労務士事務所の所長やマネージャーの方からよくいただきます。電子申請の細かい入力順、役所への確認の進め方、顧問先ごとの例外的な処理など、手順が担当者の頭の中に残りがちな業務です。
私たちは、こうした「担当者しか知らない手順」こそ、録画で形を残しておく価値が大きいと考えています。実際の画面操作や確認の流れを見られることで、文字だけでは伝わりにくいところまで共有できるからです。本記事では、士業事務所で属人化しやすい手順を録画で形式知にして、事務所全体で標準化していく進め方を整理します。
士業事務所でつまずきやすいこと
士業事務所の業務には、属人化につながりやすい共通の事情があります。
一つは、手順の細かさと例外の多さです。電子申請の画面は項目が多く、入力の順番や添付の付け方に独自のコツがたまっていきます。顧問先ごとに事情が違うため、「この顧問先のときはこう処理する」という判断が、担当者の経験のなかに積み上がっていきます。こうした判断を含む手順は、口頭の引き継ぎでは抜けやすいものです。
もう一つは、繁忙期の集中です。確定申告や年末調整、算定基礎届など、特定の時期に業務が一気に重なります。忙しいときほど「いまは説明している余裕がない、自分でやったほうが早い」となり、手順を残す時間が後回しになります。結果として、繁忙期を乗り切る知識が特定の人に偏っていきます。
三つ目は、個人情報や顧問先情報の扱いです。画面には顧問先の名称や個人情報が表示されることが多く、手順を共有したくても気軽にスクリーンショットを撮りにくい、という事情があります。
細かくて、例外が多くて、繁忙期に集中して、しかも個人情報が絡む。属人化しやすい条件が、士業事務所には重なっています。
なぜ標準化が進まないのか
属人化を解消したい気持ちはあっても、なかなか進まないのには理由があります。手順を文章のマニュアルに起こす作業そのものに、大きな負担がかかるからです。
Flowbaseが2026年3月に実施した自社調査(スクリーニング6,000名・本調査600名)では、特定の担当者しか知らない業務や手順が「ある」と答えた方が58.0%にのぼりました。暗黙知や属人化した業務が「多い」と感じる職場は74.7%でした。属人化は、多くの職場に共通する課題だとうかがえます。詳しくは業務マニュアル作成実態調査2026をご覧ください。
作る側の負担も小さくありません。同じ調査では、マニュアルの作成や更新に月8時間以上をあてている作成者が29.7%、現状の作成や管理の方法に「不満」を感じている方が45.0%でした。手順を残したい気持ちと、それにかかる手間との間にギャップがあるように見えます。ソーシャルリスニングでも、士業に関わる方から属人化への言及が目立つ印象です。
つまり、標準化が進まない原因は意欲の問題ではなく、「残す作業が重い」ことにあると私たちは考えています。だからこそ、手順を残す入り口をできるだけ軽くする工夫が大切になります。
録画で形式知にする進め方
そこで一つの方法として、画面を録画するところから始める進め方をご紹介します。あくまで一例で、すべての事務所に当てはまるわけではありませんが、入り口を軽くする考え方として参考になればと思います。大きく三つのステップに分けて考えています。
ステップ1 いつもの作業を録画する
特別な準備はせず、ふだん担当者が進めている作業の画面を録画します。電子申請の入力から送信まで、顧問先への確認の流れなど、頭の中で判断している部分も声に出しながら進めてもらうと、手順だけでなく「なぜそうするか」まで残せます。新しく資料を作るのではなく、担当者自身がいつもの作業をそのまま記録するため、負担を抑えやすいのが利点です。
ステップ2 AIで下書きにする
録画した動画から、AIが手順の下書きを作ります。操作の流れを文章やステップに起こしてくれるため、ゼロから書き起こす手間を減らせます。下書きの段階なので、表現や順番はこのあと人の目で整えていきます。
ステップ3 編集して標準化し、共有する
下書きを担当者や教育担当が確認し、表現を整え、事務所として「こうする」という標準のかたちにまとめます。複数の担当者が違うやり方をしていた場合は、ここで進め方をそろえる機会にもなります。仕上がった手順は、事務所のメンバーが必要なときに見られるように共有します。
個人情報への配慮: 画面に顧問先情報や個人情報が映る場合は、事務所のルールや関係する法令を必ず守ってください。Flowbaseには映り込んだ情報を自動でぼかす機能もありますが、検出の精度には限界があるため、共有する前に必ず人の目で最終確認を行ってください。守秘義務に関わる情報は、自動機能だけに頼らない運用をおすすめします。具体的な効果は業務や設定により異なります。
私たちFlowbaseも、こうした録画から標準化までの流れを支えるツールの一つです。あくまで手段の一つとして、無理のない範囲で取り入れていただければと考えています。
運用の注意点
録画から標準化までを進めるとき、いくつか気をつけておきたい点があります。
まず、一度に全部をそろえようとしないことです。属人化している業務を一気に棚卸ししようとすると、それ自体が大きな負担になります。繁忙期に特に困った業務や、担当者が不在だと止まってしまう業務など、影響の大きいものから一つずつ録画していくほうが続けやすいと考えています。
次に、手順は古くなるという前提を持つことです。電子申請の画面や制度は変わっていきます。標準化した手順も、変更があったときに録画し直したり、一部だけ撮り直したりして、最新の状態に保てる運用にしておくと安心です。
最後に、標準化を「縛り」ではなく「共有」として進めることです。担当者の工夫を否定するのではなく、良いやり方を事務所全体の財産にする取り組みだと位置づけると、現場の協力が得られやすくなります。属人化していた知識を共有財産に変えていく過程そのものが、事務所の力になっていくと私たちは考えています。
よくある質問
Q繁忙期は録画する余裕がありません。どう始めればよいですか?
繁忙期に無理に進める必要はありません。むしろ、繁忙期に困った業務をメモしておき、落ち着いた時期にその作業を録画していくのがおすすめです。いつもの作業をそのまま記録するだけなので、特別な準備は必要ありません。影響の大きい業務から一つずつ進めてください。
Q顧問先の個人情報が画面に映るのが心配です。
画面に個人情報や顧問先情報が映る場合は、事務所のルールや関係する法令を必ず守ってください。映り込んだ情報を自動でぼかす機能もありますが、効果は設定や状況により異なるため、最終的な確認は人の目で行うことをおすすめします。
Q担当者ごとにやり方が違う業務でも標準化できますか?
できます。複数の担当者の作業を録画して見比べると、どこに違いがあるかが分かりやすくなります。そのうえで、事務所として「こうする」というかたちにまとめれば、進め方をそろえる機会になります。良いやり方を全体の財産にする取り組みとして進めると、協力を得やすくなります。